「ルビンの盃」(Rubin’s vase)というものがある。 デンマークの形態主義心理学者エドガー・ルビンが考案した絵だ。 見方によっては盃になったり、向き合う2人の顔になったりする。 一つの線で分かれた白黒の2領域のうち、何を形態として、何を背景として見るかによって結果が変わる。 私たちがある形態を見る過程は、このように一種の白黒論理に基づく極端な区分というのがルビンの主張だ。 盃か、人の顔のどちらか一つを見ることができるだけで、同時に2つを見ることはできないということだ。
最近、このようなルビンの盃をマイクにして放送する‘偏向’スポーツ中継が人気を呼んでいる。 あるインターネットテレビのプロ野球中継がそうだ。 一つのチームを一方的に応援する解説をする。 映像までも自分たちが応援するチームの選手を中心に見せる。 もちろん視聴者は初期画面で自分の望むチームの中継を選ぶことができる。
飛びつきながら捕球する見事な守備が出た場合、双方の中継の解説は完全に違う。 「頭が悪ければ、こういう守備はできません。 ボールがどちらに飛んでくるか予想していたということです」「このように無理して守備をすると、大けがをするおそれがあります。 そうなると自分だけが損になります。 野球は一日や二日で終わるわけでもないのに…」
同じ試合をファンの好みに合わせて解説するため人気爆発だ。 選手と解説者、視聴者が心を一つにして喜び、悔しがる。 たとえ試合に負けたとしてもストレスは半分で済む。 みんなで団結して相手に対する野次や呪い(?)を心底から吐き出すので残るものはない。
【噴水台】一方だけを応援する野球中継、あなたも熱狂しますか?(2)
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