モー・バーグの生涯について書かれた本の表紙。
米軍はモー・バーグの写真に基づいて、よく知らなかったアジアの島国・日本の地形をひと目で把握できた。 1942年、東京や横浜など日本主要都市を爆撃したドーリットル空襲作戦当時、軍需工場の位置を把握するのにモー・バーグの写真が利用された。 空母から出動した爆撃機が正確に軍需基地を爆破すると、日本は慌てた。 続いて45年の東京大空襲作戦、広島と長崎への原爆投下で、モー・バーグの写真は有用な情報として活用された。
モー・バーグは第2次世界大戦中、メジャーリーグのコーチをあきらめてCIAの前身であるOSSの要員として活動した。 ヒトラーの原爆計画を探知し、関係者を射殺し、情報を取り出すうえで決定的な役割を果たした。
米国政府はモー・バーグを「第2次世界大戦の隠れた英雄」と認め、功勲メダルを授与した。 しかしモー・バーグはこれを辞退したという。 回顧録の話も何度も受けたが、すべて断った。 モー・バーグは米国のスパイとして活躍したが、老年には活動をやめ、1972年5月29日、静かに息を引き取った。 モー・バーグの人生は今でも「ミステリー」として残っている。 日本を屈服させた隠れた英雄は、人類の胸に「大きな英雄」として残っている。
野球選手からスパイへ…彼の撮った写真で日本は降伏した(1)
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