この中には国軍捕虜のハン・マンテクさん(79)も含まれている。ハンさんは韓国行きのため2004年に中国に脱北して親戚と会ったが、同年12月に中国公安に逮捕され強制送還された。ハンさんの送還は当時中国外交部が公式に確認し、韓国政府が駐韓中国大使を呼び遺憾の意を伝えるなど、外交問題に発展した。拉致被害者家族会の崔成竜(チェ・ソンヨン)代表は、「ハンさんの存在を北朝鮮が把握できていないというのは話にならない」と指摘した。平安南道北倉郡(ピョンアンナムド・プクチャングン)の収容所に収監されたとされるハンさんを出すわけにはいかず、北朝鮮が虚偽の資料を出したという話だ。
北朝鮮は1975年8月に韓国の漁船とともに連行していったホ・ヨンホさん(60)とジョンスさん(56)の兄弟についてもそれぞれ「死亡」と「連絡途絶」と知らせてきた。ジョンスさんは2004年4月に韓国の父親に送った手紙で、自身の住所を「咸鏡南道端川市直節里(ハムギョンナムド・タンチョンシ・チクジョルリ)75」と明らかにし、2008年まで数回にわたり書信を交換した。
北朝鮮は1975年8月に韓国の漁船とともに連行していったホ・ヨンホさん(60)とジョンスさん(56)の兄弟についてもそれぞれ「死亡」と「連絡途絶」と知らせてきた。ジョンスさんは2004年4月に韓国の父親に送った手紙で、自身の住所を「咸鏡南道端川市直節里(ハムギョンナムド・タンチョンシ・チクジョルリ)75」と明らかにし、2008年まで数回にわたり書信を交換した。
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