北朝鮮-ブラジル戦が行われた16日(日本時間)のヨハネスブルク・エリスパーク。44年ぶりにワールドカップ(W杯)競技場に北朝鮮の国歌が響いた。
目に涙を浮かべながら入場した北朝鮮代表のストライカー鄭大世(チョン・テセ、26、川崎)はうつむいた。しばらくして中継画面に映った鄭大世の目からは涙が流れていた。国歌が終わるまで涙は止まらなかった。「W杯勝利、鄭大世」と自分で書いた応援カードを持って観客席で見守っていた母イ・ジョングムさんの目も潤んでいた。
「ひたすら共和国代表になりたくてサッカーをしてきた。そしてW杯の舞台を踏むのが夢だった。ついにこの場所に来て、夢が実現する瞬間、感情が込み上げてきた。私がサッカーを始めてから、この日が来ることは簡単には想像できなかったほどすごい大会だ。その舞台で最高のチームのブラジルと一緒にできたこと自体が感動だった」。
鄭大世は試合後、「なぜ涙を流したのか」という取材陣の相次ぐ質問にこのように答えた。試合開始を知らせるホイッスルが響くと、その涙は闘魂に昇華した。守備に重点を置く北朝鮮代表選手の中で、ボールを持って最も長い距離(3900メートル)を走った。ゴールは決められなかったが、0-2とリードされていた後半44分、絶妙のヘディングパスでチ・ユンナムのゴールをアシストするなど縦横無尽に活躍した。
印象深いW杯デビュー戦を終えた鄭大世に海外メディアの賛辞が続いた。サッカー専門サイト「ゴールドットコム」は「前半の活躍は本当に脅威的だった。ブラジルファンは鄭大世に最初のゴールを奪われないかと心配したはずだ。終始ブラジルの守備を苦しめた」とし、評点7.5点を与えた。
英インディペンデントは「速くて、創造的で、強かった。来季から鄭大世がヨーロッパでプレーしても驚くべきでない」とし、8点を与えた。車範根(チャ・ボム・クン)SBS(ソウル放送)解説委員はこの日の試合中、「鄭大世に関心を持っている独ブンデスリーガのチームがある」と明らかにした。現場取材陣の関心も鄭大世に注がれた。
鄭大世は「本当にきつい試合だった。勝てなかったのが残念だ。自分がゴールを決めて勝利に導こうと思ったが、それができなくて胸が痛む」と悔しがった。
国内取材陣とのインタビューを終えると、外国の記者から質問が相次いだ。鄭大世は日本語と英語、そしてポルトガル語まで流ちょうに駆使しながらインタビューに答えた。
「世界的なスターと競技場で対話をするためにポルトガル語を熱心に勉強した」。鄭大世はすでにスーパースター級だった。
【今日のイチオシ記事】
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・<W杯>ベロン「韓国は激しい危険なチーム」
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・日本「はやぶさ」の帰還導いたイオンエンジン輸出模索
・100億ドル規模のトルコ原発受注へ…UAEに続く‘快挙’
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鄭大世は試合後、「なぜ涙を流したのか」という取材陣の相次ぐ質問にこのように答えた。試合開始を知らせるホイッスルが響くと、その涙は闘魂に昇華した。守備に重点を置く北朝鮮代表選手の中で、ボールを持って最も長い距離(3900メートル)を走った。ゴールは決められなかったが、0-2とリードされていた後半44分、絶妙のヘディングパスでチ・ユンナムのゴールをアシストするなど縦横無尽に活躍した。
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英インディペンデントは「速くて、創造的で、強かった。来季から鄭大世がヨーロッパでプレーしても驚くべきでない」とし、8点を与えた。車範根(チャ・ボム・クン)SBS(ソウル放送)解説委員はこの日の試合中、「鄭大世に関心を持っている独ブンデスリーガのチームがある」と明らかにした。現場取材陣の関心も鄭大世に注がれた。
鄭大世は「本当にきつい試合だった。勝てなかったのが残念だ。自分がゴールを決めて勝利に導こうと思ったが、それができなくて胸が痛む」と悔しがった。
国内取材陣とのインタビューを終えると、外国の記者から質問が相次いだ。鄭大世は日本語と英語、そしてポルトガル語まで流ちょうに駆使しながらインタビューに答えた。
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