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盛大に祭事を行う国の一つがギリシャだ。 ハリウッド映画『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』(My Big Fat Greek Wedding)を見ると、結婚式に家門の構成員全員が総出動するギリシャ人の盛大な(big fat)祭り文化が生き生きと描かれている。 伝統に対するギリシャ人の格別な自負心がその土台となっている。 米国に移住したギリシャ家庭の娘トゥーラが、米国の青年を配偶者として連れてくる。 トゥーラの父は「この世にはギリシャ人とギリシャ人でない人の2種類がいる」と主張してきた人物。 父は婿になる男性にこう話す。 「君の先祖が木に登っていた頃、私たちの先祖は哲学を論じていた」。
トゥーラの父は日本語の「きもの」がギリシャ語「ヒモノ」(冬)に由来すると主張する。 「寒くなれば何かを羽織らなければならないため」という話にもならない説明を加えながら。 「すべての言語の根源はギリシャ語」という彼の奇弁にもかかわらず、ギリシャに対する自尊心に根拠があるように感じる理由は、ギリシャがそれだけ西欧文明の根源として認識されてきたからだろう。 ギリシャ神話と文学、哲学は人類文化の泉だった。 ヨーロッパでこうした認識はほぼ絶対的だ。 ヨーロッパという名前からしてそうだ。 ゼウスが白い牡牛に変身してさらったフェニキアの王女「エウロペ」の名前に由来したという。
ローマがギリシャを征服した時、ローマ人が真っ先にしたことは、ギリシャ貴族の書架にあった書籍と芸術品を積み出すことだった。 知性人にとってギリシャ文学作品の読解は欠かせなかった。 ローマの詩人ホラティウスが「ローマがギリシャを征服したが、むしろギリシャが未開の征服者を支配した」と述べた理由だ(チョン・ヘシン著『ギリシャ文化散策』)。 実際『ローマ人の物語』の塩野七生も「ローマ人は知性ではギリシャ人より劣った」と認めている。
しかし最近の財政危機を見ると、知性と伝統は負債の前では対応無策だ。 欧州メディアはギリシャをポルトガル・イタリア・スペインと一つにまとめて‘豚(PIGS)’という屈辱的な表現を使っている。 年金など福祉の概念なくお金を注ぎ込む道徳的弛緩と、救済金融を受けても返済する能力がほとんどないという現実は‘豚’を窮地に追い込んでいる。 彼らの先祖ソクラテスは毒杯を飲む前、弟子のクリトンに「アスクレピオスに雄鶏1羽を借りたことがあるので忘れずに返してほしい」と頼んだ。 最初からギリシャが借金の返済を要請しながら世を去った先祖の例を記憶していれば、今日‘豚’と呼ばれるような屈辱は経験していなかったかもしれない。
奇宣ミン(キ・ソンミン)文化スポーツ部門記者
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