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「韓国の自然・人が私の写真の先生」(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
ソウル・釜山で展示会を開く日本人・藤本巧さん

彼は日本人だが、生まれた時から韓国とは深い縁があった。 父が彼に「巧」という名前を付けたからだ。 建築を家業として引き継いだ父は朝鮮民芸研究家の浅川巧氏(1891-1931)を尊敬し、その心を息子に伝えたいという気持ちで名付けたという。 写真作家でデザイナーの藤本巧さん(61)は「私の血の中にすでに韓国の遺伝子が植え付けられているようだった」と語った。

「浅川巧は日本統治時代に朝鮮へ行って民芸運動を繰り広げた知韓派学者だった。 朝鮮美術を愛するあまり、死んでもこの地に残りたいという遺言を残し、ソウル忘憂洞(マンウドン)公園墓地に埋められたほどだ。 私が19歳で韓国に渡り、韓国の人たちと写真を撮り始めたのは、おそらく浅川氏の霊魂のおかげでないかと思う。 忘憂洞にある浅川氏の墓地を参拝してこうした気持ちを伝えた」。


19日までソウル仁寺洞(インサドン)ギャラリーブックス(VOOK’S)で開かれる「藤本巧写真展-韓びと」には、こうしたエピソードがあった。 美感と実用が調和した韓国工芸を本で勉強した藤本さんは「初めてカメラを持って訪れた釜山(プサン)で飼葉桶や石物などを見てより大きな感動を覚えた」と回想した。

「寺の入口に集まっている大小の草屋が肌を向け合って呼吸しているように見えた。 土とわらの香りが香ばしかった。 構図を考える前に被写体に向かって体当たりし、 無我の境地でシャッターを押す自分がいた。 自然と一体になった土壁、小石の山、そして人がよかった。 私は生きている美しさに圧倒された」。



「韓国の自然・人が私の写真の先生」(2)

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