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キム・ヨンジャ「歌手として美空ひばりに似たい」(1)

ⓒ JES/中央日報日本語版



心に響く声と独特の唱法で‘演歌の女王’と呼ばれる歌手。 21年間にわたり日本で歌って頂点に立ったキム・ヨンジャ(50)が韓国と日本で活動を並行すると宣言した。

キム・ヨンジャは昨年、35年間にわたる歌手人生の3分の2以上を過ごした日本で悲報を聞いた。 幼い頃から歌手の道を後押ししてくれた父が亡くなったのだ。 その時に決心した。 母が健康な間に韓国でもっと歌を聴かせると。 キム・ヨンジャが韓国に帰ってくるまで21年かかった。


▽NHK「紅白歌合戦」3回出演

キム・ヨンジャは88年に日本に渡り、一気にトップ歌手に仲間入りした。 キム・ヨンジャは「3人の姉妹のうち壮年の私が父の臨終を看取ることができず胸が痛かった。 これからは母が生きている間、頻繁に会って歌を聴かせるため、韓国でも活動することを決心した」と語った。

キム・ヨンジャは日本に渡って間もない頃、ホームシックに苦しんだ。 「酒を飲む度に家に帰ると言いながら旅券を持って家の外に立っていた」。 幸い、近所にはタクシーがほとんど通らなかった。 「キム・ヨンジャは韓国の歌手だ。 私ではなく韓国の悪口を言われるのが耐えられず、我慢して乗り越えた」。

ホームシックを克服し、スーパースターに生まれ変わったキム・ヨンジャの日本での活躍は相当なものだ。 芸能人なら誰もが夢見るというNHKの「紅白歌合戦」に3度も出演した。 一気に日本のトップ級歌手になった。 オリコン演歌歌謡チャート1位、日本レコード大賞、日本有線放送最多リクエスト歌手賞まで受けた。 キム・ヨンジャは自分の歌手人生で最も幸せだった時期について「日本に進出した翌年の89年、紅白歌合戦で韓服(ハンボク)を着て‘朝の国から’を歌った時だった。 夢がかなった」と回想した。

昨年は北海道から沖縄まで「20年記念コンサート」ツアーを行い、56カ所を回った。 体力が続かない場合に備えて録音テープも準備したが、一回も使用せず、スタッフを驚かせた。 キム・ヨンジャは日本での活動について「紅白歌合戦に3回出場し、数多くの海外公演や慈善ショーを行ってきたが、日本での活動はすべて意味あるものだった。長期の公演をしながらトレッキングなど新しい趣味もできた」と笑顔で語った。



キム・ヨンジャ「歌手として美空ひばりに似たい」(2)


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