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ローマのネロ皇帝は64年、貨幣改革を断行する。金・銀貨を製造する際、銀の含有量は15%、金の含有量は11%減らした。以前よりお金をもっとたくさん作ることができるようになった上、皇帝の懐は温かくなった。後代皇帝たちも「ネロ式財産増殖」に順に加わった。200年後、ガリエヌス皇帝のときは銀の含有量が5%以下まで落ちた。しかしお金の価値も一緒に下落した。小麦価格が200倍以上上がった。ローマはインフレーションに苦しんだ。
1000年後、フランスのフィリップ4世がネロの後を引き継いだ。銀貨の銀含有の割合を下げたのだ。お金の価値が落ちると彼は1306年、すべての銀貨を収集して銀の含有量をまた上げた。その後、何回も貨幣の価値を再調整したが、状況はよくならなかった。(ジャック・ウェザーフォード「History of Money」)
貨幣の額面価値を再調整する「リデノミネーション」(redenomination)は現代にもインフレーション対応策として使われる。ジンバブエは昨年7月「パン1切れが2000億ジンバブエドル」、年間物価上昇率2億3000万%というハイパーインプレーションに対応して100億対1と貨幤価値を調整した。今年2月にはまた1兆対1で調整した。0を12個も削除したのだ。
我が国のリデノミネーションは軍事作戦のように施行された。朝鮮戦争中だった1953年2月、李承晩(イ・スンマン)大統領が断行した「100ウォン対1ファン」改革の時だ。国連軍司令官の許可の下、海軍参謀総長が新しいお金を軍艦で輸送した。1962年6月、朴正煕(パク・チョンヒ)当時国家再建最高会議議長が断行した「10ファン対1ウォン」改革時は、中央情報部次長とチャ・ジチョル当時空輸団大尉らが新券の輸送を担当した。当時、新券が入った箱の上には重機関銃・曲射砲などと書かれており、運搬を引き受けた軍人たちも軍用装備だと分かったという。2度の急な貨幣改革は社会に大きい衝撃を与えた。一方、アングラマネーを引っ張り出してインフレーションを抑えるという目的は十分に果たすことができなかったものと評価を受けた。(ユン・グァンウォン「大韓民国マネーインパクト」)
北朝鮮が最近「100対1」のリデノミネーションを断行したことが伝えられた。交換限度の金額が決まっていて北朝鮮の住民たちが蓄積しておいた財産は事実上紙切れになったものとみられる。「西ヨーロッパの沒落」を書いたオスヴァルト・シュペングラーは「権力は貨幣より優位にある」と言った。権力が断行した多くの貨幣改革を見ればうなずける。しかし権力が民衆たちの生存本能と欲望に、最終的に勝ち抜いたことがあったか。
ク・ヒリョン政治部記者
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