敢えて分類しようとすれば、李承燁は「ハムレット型」キャラクターだ。考え、悩み、また迷う。それで下した結論は予想を完全に外すことが多かった。
彼は1992年、大邱商業高校ではなく慶北高校に進学したし、95年には大学ではなくプロの舞台を踏んだ。すべて周りの勧誘と反対の選択だった。三星(サムスン)で9年活躍した李承燁は、2003年末、国内残留や米国進出ではなく、日本行きの飛行機に乗った。2年後には千葉ロッテと再契約するだろうという予想に反して巨人への移籍を選んだ。
彼は1992年、大邱商業高校ではなく慶北高校に進学したし、95年には大学ではなくプロの舞台を踏んだ。すべて周りの勧誘と反対の選択だった。三星(サムスン)で9年活躍した李承燁は、2003年末、国内残留や米国進出ではなく、日本行きの飛行機に乗った。2年後には千葉ロッテと再契約するだろうという予想に反して巨人への移籍を選んだ。
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