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【噴水台】徳律風



この地に電話が開通したのは1896年のことだ。宮廷に高宗(コジョン)皇帝専用の電話機3台をおいて政府各部処と平壌と仁川を連結した。高宗が親しく電話をかければ役人たちは衣冠を正して丁寧なお辞儀を4回した後、ひざまずいて伏せて玉音を奉じなければならなかった。「真四角の木箱の上に白銅色の鉄製の鐘二つが載せられた」(廉想渉の小説「電話」)この気のきいた機械を当時の人々は徳律風と呼んだ。中国語で読めば「トルルィポン」と発音されるので、たぶんテレホンの音借をそのまま受け入れたようだ。


徳律風の恩恵を受けた人は白凡金九(ペク・ボム、キム・ク)だった。明成(ミョンソン)皇后殺害に怒った21歳の青年白凡は、日本軍将校を打殺した疑いで死刑を宣告され仁川(インチョン)監獄に入れられた。偶然にこの事実を知った高宗は死刑執行直前に仁川監理所に電話をかけて減刑を指示した。仁川監理所に電話が仮設されて3日後のことだったので、もし電話開通が少し遅れていたら、白凡はこのとき、刑場の露に消えたのかもしれない。


1919年、高宗が崩御すると純宗(スンジョン)が寄居した昌徳宮(チャンドックン)と高宗が埋められた洪陵(ホンルン、九里金谷里)の間に徳律風が開設された。高宗の3年葬を純宗が行うためだ。純宗が毎朝徳律風の前で泣く間、陵の番人は受話器を封墳の前に当てていた。このごろの言い方で言えば画像電話で墓参りし、インターネットで茶礼をすることと言えそうか。

高宗が使った壁掛け電話と100回線用量の交換器はスウェーデン企業エリクソン製品だった。1876年に設立されたエリクソンはそのころすでにグローバル企業になっていた。狭小な内需市場の垣根を越え、ヨーロッパはもちろん、南米と中国にまで電話機と交換器を販売していたのだ。

100年余り前、通信貧土韓国に電話を敷いてくれたまさにそのエリクソンがこれからは韓国に1000人規模の研究開発センターを設立すると明らかにした。政府の推算では投資金額が2兆ウォンにのぼるという。エリクソンが韓国に研究拠点を置くのには多目的布石があるが、韓国の技術力と情報技術(IT)インフラを高く買った結果であることは間違いない。韓国が世界IT産業の中心地のうちのひとつに浮上しているという意味でもある。100年前の外来文物徳律風に感嘆した高宗は、後日、こんな日が来ると想像しただろうか。この1世紀、我々が成し遂げた成果に対して時には誇りをもっても良さそうだ。自慢するのでさえなければ。



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