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小沢一郎氏、政治人生で最大の危機/日本



日本国民の53% 「小沢代表は退陣すべき」

民主党の小沢一郎代表が40年間の政治人生で最大の危機に直面している。自民党の相次ぐ失政により、民主党が政権を握る可能性が高まり、総理官邸に入城が近づいた状況で秘書の政治資金問題でつまずいたからだ。状況は更に悪化しており、世論調査の結果、「小沢代表は退陣すべきだ」という世論が半数を上回った。読売新聞は9日、「質問をした人の53.1%が“辞任すべきだ”と答え、“辞任する必要はない”(36.1%)を大きく上回った」と報じた。日本のマスコミは一斉に同様の世論調査の結果を伝え、小沢代表の落馬を予測した。


小沢代表側に不正資金を渡したという西松建設に対する東京地検の捜査が拡大している点も、小沢代表の立場を困難なものにしている。小沢代表は「潔白だ」と一貫して主張しているが、逆風は一層強まっている。1969年に政界入りして以来、40年間にわたり与野党を行き来し築き上げてきた小沢代表の政治人生も危機を迎えている。民主党の鳩山由紀夫幹事長も「国民から(疑惑に対する)説明が不足しているという指摘が強くなっている」とし、小沢代表の辞任を避けられないことを示唆した。小沢代表が退陣すれば、民主党は岡田克也(56)元代表の体制で総選挙を行うことが予想される。自民党に対する国民の不信は変わらないため、政権交替の可能性を完全に払拭できない。

小沢代表は27歳のときに、自民党の議員だった父親・佐重喜氏が亡くなり、政界入りした。持って生まれた政治の才能を認められ、田中角栄自民党幹事長の右腕として、40代で自治相と自民党幹事長の座に就いた。1989年、海部俊樹首相のときには‘首相は(小沢の)操り人形’という言葉まで飛び出した。海部元首相の後任選びの際には、大先輩の宮沢喜一氏を呼び、‘首相の面接’を受けた。しかし、このようなにわか出世は小沢代表を‘孤立無援将軍’にした。1992年に小沢代表が所属していた竹下派の新会長選びの過程で思い通りにならなかったことから、自民党を離党した。それから小沢代表が作った新生党など7つの野党と連合するため、衆議院選挙で自民党を沈没させ、1993年に細川護煕政権を誕生させた。自民党はその後、公明党と連立して政権を取り戻したが、小沢代表は野党の道を歩いて民主党代表になり、自民党内の‘過去の敵’と最後の決戦を繰り広げようとしていたところだった。



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