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米国大統領選挙で、バラク・オバマ候補が圧勝したことは、それほど意外なことではない。現職の大統領への支持率が低迷し、しかも経済が悪化の一途をたどるとき、政権党の大統領候補が有利になることはない。ジョン・マケイン候補は、そのような逆風の中で健闘したと思う。
それにもかかわらず、オバマ候補の当選は、アメリカ史上画期的なことであった。史上初めての黒人候補であるという点はもちろんであるが、何よりも、アメリカの政治体制が依然として変革可能な政治体制であることを示したことの意味は大きい。ブッシュ政権に功績がなかったわけではない。しかし、それにしても、イラク戦争の失敗、それにともなう世界的なアメリカの評価の低下、サブプライムローン問題を発端とした金融危機などなど、アメリカは冷戦終結後、もっとも深刻な閉塞状態に陥っていた。米国が依然として世界で第一のスーパーパワーであることは間違いないにしても、世界のリーダーとして誰もが受け入れるかについては疑問符がついてしまった。
その中で、若く、知的能力に優れた指導者が颯爽と登場した。アメリカ国内でのオバマ候補への人気にも増して、世界的な期待は大きい。イラク戦争でアメリカに反対した国も、賛成した国も、そしてイスラームの多くの国でもオバマ候補の当選は歓迎された。今や、ブッシュ政権の下で低下した威信を、一挙に回復する可能性をアメリカは獲得したのだと思う。
もちろん、そのような威信回復ができるが否か。さらには回復した威信をベースに世界的な指導力をふるえるか否かは、今後のオバマ候補の政権構想、就任直後の実績にかかっている。そして、現実の世界情勢は、決してアメリカにとって容易なものではない。ブッシュ政権のアメリカが手詰まり状況に陥ったのは、必ずしもブッシュ政権が無能だからであったわけではなく、現実の問題が困難だったからである。誰がやってもうまく行くような万能薬は、現在の世界には存在しない。
しかし、オバマ政権にとって有利な面がないわけではない。第1は、世界経済が未曾有の危機のもとにあるということである。誰の目にも明らかな危機は、大胆な政策を許容する。経済面での、これまでの市場原理主義的なイデオロギー色の強い傾向から自由に、政府のなし得ることを提示できるのである。
第2に、大統領選挙と同時に行われた上下両院選挙で、いずれも民主党が多数を得たことの意味は大きい。もちろん、アメリカの議会は、大統領の思うとおりになる議会ではないが、それにしても、最初の半年くらいの間は、大統領の意向を反映する立法を行っていく可能性は高い。
第3に、これまでのオバマ候補の主張してきた外交路線は、世界各国にとって受け入れやすいものである。ブッシュ政権の、武力を使ってでもアメリカの意向を貫徹させようとする単独行動主義と明確に決別しようとの姿勢を明確にしているオバマ政権の外交政策は、多くの国によって支持されるであろう。
何が必要だろうか。ブッシュ政権の間になんとか、金融危機を終息させる目処がつけば、オバマ政権にとって内政上の課題は、財政出動による大規模な景気刺激策であろう。対外的には、課題は山積しているが、まずは世界経済を立て直すための主要国との協調体制の維持である。それ以外にも、ブッシュ政権がほとんど進めてこなかった、地球温暖化対策のさまざまな措置をとる必要がある。安全保障面でいえば、イラクの安定を保ちつつ撤退を実現し、アフガニスタン情勢を安定化させなければならない。そのためのパキスタンの安定化も必須である。北東アジアでは、中国との安定的な関係を維持しつつ、北朝鮮の核開発問題をさらに解決の方向に進めていかなければならない。
これだけ数え上げただけで、気が遠くなるほどの課題の山である。しかし、これらの課題に取り組むためには、政権発足直後に、オバマ政権は国民の支持を再確認するとともに、世界各国の支持を再調達する必要がある。アメリカのみで解決できない問題が多いのであるから、各国の支持は必要である。
アメリカ大統領としてみると、異例かもしれないが、オバマ大統領は政権発足から、できるだけ早い機会に、世界主要国を訪れるためのグランド・ツアーを行うべきではないか。若い指導者のもとのアメリカは、何よりもまず世界の声に耳を傾ける。このような姿勢を示すことが、アメリカの大胆なリーダーシップを世界が受け入れていく基盤になるのではないか。
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