|
北朝鮮は政権樹立日(9月9日)、労働党創建日(10月10日)、人民軍創建日(4月25日)などの国家記念日には、閲兵式などの記念行事を大々的に行ってきた。 これを通じて内部的に体制結束を図り、対外的には政権健在を誇示してきた。 しかし9日の政権樹立60年閲兵式には金国防委員長が欠席し、行事も大幅に縮小された。さらに行事の進行も前例になく遅れるなど、北朝鮮の‘先軍体制’では見られなかったことが起きた。
統一部と北朝鮮専門家によると、金国防委員長は北朝鮮人民軍最高司令官を兼ねているだけに、金委員長の閲兵は当然のことだという。 したがって金委員長の閲兵式欠席は最も明確な異常兆候だった。 実際、金委員長は2000年代に入ってから閲兵式を欠席したことはなかった。
特に今回は60周年ということで、数カ月前から軍と住民を大々的に動員し、閲兵式など記念行事を準備してきた。 情報当局も最近、平壌(ピョンヤン)付近のミリム飛行場で行事動員用に準備していた240ミリ放射砲(射距離60キロ)、105ミリ高射砲(射距離7キロ)などを確認している。 9日午前にも閲兵式に動員される軍兵力がミリン飛行場に集結するのを情報当局がとらえている。
今回の行事の異例進行は結局、金委員長が‘公開できない理由で’突然欠席したのが原因だ。政府消息筋は「最高司令官(金国防委員長)が突然欠席したことで、非正規軍組織を中心に閲兵式を行い、閲兵式の時間も前例とは違い午前ではなく午後に遅らせたとみられる」と話した。
すでに情報当局は、金国防委員長が先月から急に健康が悪化したという情報を確認中だった。 国家戦略問題研究所のイ・キドン南北関係研究室長は「国際社会に健在であることを示す機会を金国防委員長が逃したという点から、健康悪化の可能性が高い」と語った。
しかし別の解釈もある。 北朝鮮は国際社会の関心を高めるために何度もサプライズショーを見せてきたからだ。 金委員長が閲兵式に欠席することで外部の視線を集中させた後、米国を相手に北朝鮮の核問題と関連した強硬措置に出る可能性がある、ということだ。 06年7月にミサイルを発射した直後、金国防委員長は40日間以上も姿を現さず、同年10月に核実験を強行している。
金委員長が行事前に危険情報などを入手し、露出を避けるために欠席した可能性も無視できない。 イラク戦争当時の03年5月にも、金委員長の日程が北朝鮮メディアに登場しないことがあったからだ。
この記事を読んで…