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韓国の子供ら「私たちもウトロを助けたい」/日本・京都



12日午後、京都府宇治市ウトロ51番地。町の入り口には「ウトロで生まれ、ウトロで死ぬ」という韓国語で書かれた標語があった。日帝時代に強制徴用された韓国人が集団で住むこの町にソウル、京畿(キョンギ)から27人の子供が訪れた。

子供らは有名校の制服を脱ぎ、光復節(解放記念日)を迎えるにあたり準備された“愛国 希望キャンプ”に参加し、ウトロ(京都府宇治市伊勢田町内地域のこと)を訪れた。ウトロの町は第2次世界大戦中の1941年に日本政府が京都に軍飛行場を建設するために、朝鮮人を強制動員したことから生まれた。韓国から渡って行った約1300人が合同宿所を建て、住み始めた。日本の敗戦で飛行場建設は中断されたが、祖国に家もなく帰る船賃もなかった人々がここに残った。彼らは今でも下水道施設が取り付けられていない劣悪な環境に住んでいる。4年前、土地を所有している日本の企業が立ち退きを要求し、強制撤去されそうになった。韓国政府の支援金と市民団体の募金によって危機を克服したが、土地を購入する金額が足りず、71世帯の住民(178人)は相変らず気苦労が多い。


子供らは町の会館で住民代表イ・ムユルさん(39)からウトロの歴史を教えてもらった。

イさんは「祖父の故郷が慶尚北道醴泉郡龍門面(キョンサンブクド・イェチョングン・ヨンムンミョン)クゲ洞110番地だ。人にはみなルーツがある。それを忘れてはいけない」と話した。

子供らは町の見学を終えた後“ウトロの希望の木”と名付けた大きな木の絵を描き、住民にプレゼントした。子供らはウトロ住民を応援するメッセージを数十枚の木の葉に書き込んだ。

「皆さんも韓国人です。頑張ってください」と書いたパク・セジュン君(13)は「本当のおじいさん、おばあさんのようだ」と話した。チョ・ソヒョンさん(13)は「私たちが少しずつ力を合わせ、この人たちをウトロから追い出さないようにできたらいい」と語った。プレゼントを受け取った住民と子供は『故郷の春』を合唱した。



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