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昔の文献の「独島記録」は事実だった(2)



1454年編纂された 『世宗実録地理志』と 『高麗史地理志』 『新東国輿地勝覧』 などの昔の文献には「天気のいい日、鬱陵島から独島(トクト、日本名竹島)が見える」という記録が登場する。日本はこのような記録を否定してきた。その代表的なことが日本学界から今まで独島研究の 'バイブル'で通じるが、川上健三著書 『竹島の歴史地理学的研究』(1966年)だ。当時、日本外務省参事官だった川上氏はこの本で「鬱陵島から独島が見える」という世宗実録の記述を否定するのに4ページを割いた。

川上さんは地球が丸いという点に着眼し、人の目が触れることができる示逹距離を計算する公式まで動員して高さ174メートルである独島を見られる距離は59キロ以内と主張した。日本の学者たちはたびたびこのような事実を掲げて世宗実録地理志を含めた韓国文献の信憑性を疑問視した。これに対して『韓国の領土』という著書を残した国際法学者李漢基(イ・ハンギ)博士は海軍本部に諮問して科学的に高度160メートル以上上がれば鬱陵島からも独島が見えることを立証する論文を発表した。


独島研究者たちはこうした論争に終止符を打とうとずいぶん前から鬱陵島で独島写真撮影を試みてきた。しかし、独島と鬱陵島の間には常に海霧がかかり、成功した事例がほとんどなかった。チェ院長は「専門カメラマンが昨年4回にわたり数十日ずつ現地に泊まって撮影を試みたが、独島が姿を現わす日が1年に数日もなく、それさえももちょっと見えては消えてしまうことが多く、撮影に成功したのは3日しかなかった」と話した。


昔の文献の「独島記録」は事実だった(1)

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