2002年、韓日ワールドカップ(W杯)を数カ月後に控え、両国のサッカー担当記者らが集まってフォーラムを開いた。 その席に発表者として参加したことがある。 「韓日W杯の経済的効果」が私の担当するテーマだった。 硬い雰囲気をほぐすため発表前に雑談もした。 韓日両国のサッカースタイルと両国経済の共通点という話だった。
まず韓国サッカーと経済。 一つ目、死ぬほど走るが中身はない。 二つ目、苦労して実績を積み上げながらも簡単に崩れる。 三つ目、その代わりに一度調子に乗ると奇跡を起こすこともある。 一方、日本サッカーと経済の共通点はやや違う。 一つ目、組織力が優れている。 二つ目、強い相手には簡単に屈する。 三つ目、リーダー1人に対する依存度が高い。
この話が両国のサッカー専門記者の間でも共感を得たようだ。 フォーラムの後、両国の主要メディアはこの雑談を何度も引用した。 肝心のテーマ発表文のほうはほとんど取り上げられなかった。 しかしこれは両国のサッカースタイルと経済の共通点にそれだけ説得力があったという反証だった。 幸い、数カ月後に開催されたW杯では両国サッカースタイルの長所が十分に発揮された。 韓国はヒディンク監督の指揮下、素晴らしいプレーを繰り広げた。 日本も中田英寿の陣頭指揮で予想外の成績を収めた。
しかしその時だけで終わった。 ヒディンク監督が離れると、韓国サッカーは非能率と虚弱体質に代表される過去のスタイルに戻ってしまった。 不思議なのは選手だ。 W杯4強当時の選手はまだ多い。 朴智星(パク・チソン)を含む一部の選手は技術が大きく伸びた。 にもかかわらず国家代表としてチームの成績はみずぼらしい。 2010年南アフリカW杯予選でもアジア最強の威力を見せられずにいる。 半面、韓国を去ったヒディンク監督は06年W杯でオーストラリアを16強に導いた。 また現在行われているユーロ2008でロシアを率い、奇跡の名勝負を何度も演出している。 やはりサッカーは監督のスポーツだと考えなければならない。 野球が投手のスポーツであるように。
もちろん監督がグラウンドでプレーするわけではない。 頭と口で戦うだけだ。 試合前には相手チームに合わせて戦略を立て、先発陣を構想する。 チームの精神武装を図る言葉を吐く一方、相手の士気を落とすマスコミプレーも駆使しなければならない。 実際に試合が始まれば、状況によって勝負をかけなければならない。 この点でサッカーは一つの国の経済とも似ている。
一国のリーダー、すなわち大統領は直接的には経済に大きく寄与しない。 むしろ経済主体が活発に経済活動をするよう督励するだけだ。 素晴らしい青写真とこれを達成する具体的な方法を提示しなければならない。 時宜を得た言葉で国民を感動させ、説得しなければならない。 経済を生かすために大統領個人が持つものは頭と口だけだ。 大統領はサッカー監督の運命と似ている。 試合を調整するのには限界があるが、その限界を克服するのも監督の他にはいない。 この点でヒディンク監督は世界最高級だ。 ヒディンク監督に学ばなければならないことは韓国サッカー代表チームの監督だけではない。 韓国大統領の場合も同じだ。
ヒディンクの創意的リーダーシップから朴鍾煥(パク・ジョンファン)の権威的リーダーシップに退行するのか?
ちょうど15年前、国内スポーツ界の名監督らにインタビューする機会があった。 サッカーの朴鍾煥監督やプロ野球の金応竜(キム・ウンリョン)監督など計6人だった。 常に好成績を残す監督から韓国型リーダーシップの本質を見いだすという野心に満ちた企画だった。 名将らにインタビューしたが、少なからず失望した。 大学バスケットボール全盛期を率いた延世(ヨンセ)大のチェ・ヒアム監督を除いて、ほとんどの監督は権威的リーダーシップの所有者だったからだ。
朴鍾煥監督の率直な告白はやや衝撃的だった。 もちろん人間的には非常に魅力的だった。 しかし‘必要ならいつでもムチを打つ’という言葉も当然のように吐いた。 「スポーツ選手らは激しい。 統制するのが容易でない。 私や(野球の)金応竜のように度胸のある監督は、むやみに向かってくる選手と喧嘩をしてでも支配しなければならない。 それが秘訣だ」。
当時は韓国社会は民主化へ向かう状況だった。 こうした権威的なリーダーシップに関する発言が魅力的に映るはずはなかった。 しかし後に考えが変わった。 リーダーシップは時代と状況に合ってこそ力を発揮するものだ。 朴監督が神話を築いた当時、権威的なリーダーシップが通用した時代だったのかもしれない。 あるいは権威的なリーダーシップでこそ輝きを放った時代だったかもしれない。
しかしその後、権威的リーダーシップは徐々に崩壊した。 その過程で韓国サッカー国家代表チームは一時は奈落に沈んだ。 1996年のアジアカップで朴鍾煥監督が率いる国家代表チーム選手が故意に怠業をしたという事実は現在では広く知られている。 もちろん今は朴鍾煥・金応竜監督を含む国内スポーツ界の主要監督がほとんど民主的なリーダーシップを発揮している。
権威的リーダーシップが崩壊し、民主的リーダーシップが登場すれば、すぐには成績は上がらない。 この時期が問題になる。 かといって過去に戻れば問題が解決するのか? 成績が良くない許丁茂(ホ・ジョンム)の代わりに朴鍾煥監督に国家代表チームを任せればよくなるのか? そうはならないだろう。 民主的リーダーシップからさらに一歩進んだ創意的リーダーシップが必要になる。 ヒディンク監督のようなリーダーが必要になる。
サッカーだけではない。 経済も同じだ。 経済が思い通りに回復しないからといって過去の方法に退行してはならない。 開発至上主義時代の経済リーダーシップに戻ってはならない。 李明博(イ・ミョンバク)政府のリーダーたちがもしそのような誘惑を感じたとしても、すぐにもその誘惑を振り切らなければならない。
まず韓国サッカーと経済。 一つ目、死ぬほど走るが中身はない。 二つ目、苦労して実績を積み上げながらも簡単に崩れる。 三つ目、その代わりに一度調子に乗ると奇跡を起こすこともある。 一方、日本サッカーと経済の共通点はやや違う。 一つ目、組織力が優れている。 二つ目、強い相手には簡単に屈する。 三つ目、リーダー1人に対する依存度が高い。
この話が両国のサッカー専門記者の間でも共感を得たようだ。 フォーラムの後、両国の主要メディアはこの雑談を何度も引用した。 肝心のテーマ発表文のほうはほとんど取り上げられなかった。 しかしこれは両国のサッカースタイルと経済の共通点にそれだけ説得力があったという反証だった。 幸い、数カ月後に開催されたW杯では両国サッカースタイルの長所が十分に発揮された。 韓国はヒディンク監督の指揮下、素晴らしいプレーを繰り広げた。 日本も中田英寿の陣頭指揮で予想外の成績を収めた。
しかしその時だけで終わった。 ヒディンク監督が離れると、韓国サッカーは非能率と虚弱体質に代表される過去のスタイルに戻ってしまった。 不思議なのは選手だ。 W杯4強当時の選手はまだ多い。 朴智星(パク・チソン)を含む一部の選手は技術が大きく伸びた。 にもかかわらず国家代表としてチームの成績はみずぼらしい。 2010年南アフリカW杯予選でもアジア最強の威力を見せられずにいる。 半面、韓国を去ったヒディンク監督は06年W杯でオーストラリアを16強に導いた。 また現在行われているユーロ2008でロシアを率い、奇跡の名勝負を何度も演出している。 やはりサッカーは監督のスポーツだと考えなければならない。 野球が投手のスポーツであるように。
もちろん監督がグラウンドでプレーするわけではない。 頭と口で戦うだけだ。 試合前には相手チームに合わせて戦略を立て、先発陣を構想する。 チームの精神武装を図る言葉を吐く一方、相手の士気を落とすマスコミプレーも駆使しなければならない。 実際に試合が始まれば、状況によって勝負をかけなければならない。 この点でサッカーは一つの国の経済とも似ている。
一国のリーダー、すなわち大統領は直接的には経済に大きく寄与しない。 むしろ経済主体が活発に経済活動をするよう督励するだけだ。 素晴らしい青写真とこれを達成する具体的な方法を提示しなければならない。 時宜を得た言葉で国民を感動させ、説得しなければならない。 経済を生かすために大統領個人が持つものは頭と口だけだ。 大統領はサッカー監督の運命と似ている。 試合を調整するのには限界があるが、その限界を克服するのも監督の他にはいない。 この点でヒディンク監督は世界最高級だ。 ヒディンク監督に学ばなければならないことは韓国サッカー代表チームの監督だけではない。 韓国大統領の場合も同じだ。
ヒディンクの創意的リーダーシップから朴鍾煥(パク・ジョンファン)の権威的リーダーシップに退行するのか?
ちょうど15年前、国内スポーツ界の名監督らにインタビューする機会があった。 サッカーの朴鍾煥監督やプロ野球の金応竜(キム・ウンリョン)監督など計6人だった。 常に好成績を残す監督から韓国型リーダーシップの本質を見いだすという野心に満ちた企画だった。 名将らにインタビューしたが、少なからず失望した。 大学バスケットボール全盛期を率いた延世(ヨンセ)大のチェ・ヒアム監督を除いて、ほとんどの監督は権威的リーダーシップの所有者だったからだ。
朴鍾煥監督の率直な告白はやや衝撃的だった。 もちろん人間的には非常に魅力的だった。 しかし‘必要ならいつでもムチを打つ’という言葉も当然のように吐いた。 「スポーツ選手らは激しい。 統制するのが容易でない。 私や(野球の)金応竜のように度胸のある監督は、むやみに向かってくる選手と喧嘩をしてでも支配しなければならない。 それが秘訣だ」。
当時は韓国社会は民主化へ向かう状況だった。 こうした権威的なリーダーシップに関する発言が魅力的に映るはずはなかった。 しかし後に考えが変わった。 リーダーシップは時代と状況に合ってこそ力を発揮するものだ。 朴監督が神話を築いた当時、権威的なリーダーシップが通用した時代だったのかもしれない。 あるいは権威的なリーダーシップでこそ輝きを放った時代だったかもしれない。
しかしその後、権威的リーダーシップは徐々に崩壊した。 その過程で韓国サッカー国家代表チームは一時は奈落に沈んだ。 1996年のアジアカップで朴鍾煥監督が率いる国家代表チーム選手が故意に怠業をしたという事実は現在では広く知られている。 もちろん今は朴鍾煥・金応竜監督を含む国内スポーツ界の主要監督がほとんど民主的なリーダーシップを発揮している。
権威的リーダーシップが崩壊し、民主的リーダーシップが登場すれば、すぐには成績は上がらない。 この時期が問題になる。 かといって過去に戻れば問題が解決するのか? 成績が良くない許丁茂(ホ・ジョンム)の代わりに朴鍾煥監督に国家代表チームを任せればよくなるのか? そうはならないだろう。 民主的リーダーシップからさらに一歩進んだ創意的リーダーシップが必要になる。 ヒディンク監督のようなリーダーが必要になる。
サッカーだけではない。 経済も同じだ。 経済が思い通りに回復しないからといって過去の方法に退行してはならない。 開発至上主義時代の経済リーダーシップに戻ってはならない。 李明博(イ・ミョンバク)政府のリーダーたちがもしそのような誘惑を感じたとしても、すぐにもその誘惑を振り切らなければならない。
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