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【コラム】韓国侵略の名分になった『日本書紀』の間違いを探して(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
これもやはり『梁書』<列伝>の王僧弁伝の内容を適当に借用した盗作だが、気長足姫尊というのは200年に三韓を征伐したという神功皇后のことを指す。その時の『日本書紀』の条はこうだ。

「風の神が風を起こして海の神は波をうねらせた。大きな魚が浮かんできて船を支えた。(…)新羅の王は(…)気持ちを落ち着けて『東側に神の国があるというが、これを日本という。聖王がいるというが、これを天皇という。きっとその国の神の兵に違いない。これをどうして防御することができようか』と言って降参した。(…)高句麗と百済の2国の王もこのことを聞いて到底勝つことはできないと知り降参した。これによって内官家を定めた。これがいわゆる三韓だ」

この記録も間違いだらけだ。当時の新羅の王は婆娑尼師今になっているが、彼は新羅の第5代王で在位期間は80~112年とされている。200年に会うことができる人物ではない。その上、神功皇后は49年後に再び百済とともに新羅を征伐して伽耶7国を平定するが、この地をすべて百済に与える。苦労して手に入れた地を他人に与えることも、大軍を率いた韓半島(朝鮮半島)の遠征が中国の史書に一行も言及されていないことも、100歳までの70年間にわたり摂政し、後継者である応神天皇が古希の年齢で即位することも納得しがたい部分だ。『日本書紀』が百済の近肖古王の足跡を借用して神功皇后を創造したという主張が説得力を持つのはこのためだ。時代さえ4世紀に移せば近肖古王の業績と一致するからだ。


もう一つは日本の始祖神の一人である素戔嗚尊が粗暴な振る舞いのせいで外界に追い出されたが、彼が降りてきて治めた地が新羅だったいう内容だ。これも矛盾だらけだが、日本の韓半島侵略名分として立派な役割を果たしてきたのは事実だ。最近、日本学界でも次第にその神話の虚構性が取り上げられるようになり幸いだ。だが、一般の人々の考えは相変わらずというのが事実だ。それだけ韓国の研究と努力が必要だということだ。歴史には原産地表示がない以上、守ってこそ自分のものになる。

伽耶に記録はないので『日本書紀』からでも探して守らなければならない。571年に欽命天皇が崩御し、太子にこう遺言する。

「必ず新羅を討って任那を建てろ。(日本と任那が)昔のように和合してまた夫婦のような仲になれば死んでも恨むことはない」。これもまた中国史書からの盗作だが、属国ならば夫婦の仲などと言っただろうか。それよりも君臣や兄弟としただろう。任那と日本が同盟関係だったという証拠だ。

イ・フンボン/論説委員・中央コンテンツラボ



【コラム】韓国侵略の名分になった『日本書紀』の間違いを探して(1)


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