いま大韓民国に必要なのは理念論争でない。正しいか正しくないかを争う観念よりも重要なのは暮らしが実際に作動する方式だ。実証に基盤を置いた実用主義は信念を捨てる卑怯な態度ではない。互いの不足を認め、未来に対する責任を同時に負う勇敢な姿勢だ。過去の功労を認め、各自の後悔までも抱え込み、何が次世代のためであるかを問う謙虚な態度だ。
今はもう産業化の言語が民主化の成果を尊重しなければならず、民主化の言語が経済成長の寄与を認めなければいけない。双方は競争者ではなくパートナーだ。2つの漢江の奇跡が一つの水の流れとして交わる時、初めて3度目の漢江の奇跡が始まる。前に進むことと人間らしい尊厳性が同じ方向に共に流れる奇跡だ。
我々はまた漢江の奇跡を夢見る資格がある。すでに2度のそれぞれ異なる方式でその可能性を立証した。いま残された課題は、絶えず戦ってどちらか一方の勝利を判定することではない。蓄積の記憶と省察の言語を一つの流れにして持続可能な未来に進んでいくことだ。
経済発展は人間らしさに向かって頭を低め、人間らしさは経済発展を現実の中に引き込まなければいけない。そのように流れる時、我々はさらに遠く、さらに力強く新しい大航海に出ることができる。それが我々が次世代に残すことができる最も責任のある選択であり時代的な義務だ。
リュ・グングァン/ソウル大経済学部教授
◇外部執筆者のコラムは中央日報の編集方針と異なる場合があります。
【時論】大韓民国が起こすべき「3度目の漢江の奇跡(1)
今はもう産業化の言語が民主化の成果を尊重しなければならず、民主化の言語が経済成長の寄与を認めなければいけない。双方は競争者ではなくパートナーだ。2つの漢江の奇跡が一つの水の流れとして交わる時、初めて3度目の漢江の奇跡が始まる。前に進むことと人間らしい尊厳性が同じ方向に共に流れる奇跡だ。
我々はまた漢江の奇跡を夢見る資格がある。すでに2度のそれぞれ異なる方式でその可能性を立証した。いま残された課題は、絶えず戦ってどちらか一方の勝利を判定することではない。蓄積の記憶と省察の言語を一つの流れにして持続可能な未来に進んでいくことだ。
経済発展は人間らしさに向かって頭を低め、人間らしさは経済発展を現実の中に引き込まなければいけない。そのように流れる時、我々はさらに遠く、さらに力強く新しい大航海に出ることができる。それが我々が次世代に残すことができる最も責任のある選択であり時代的な義務だ。
リュ・グングァン/ソウル大経済学部教授
◇外部執筆者のコラムは中央日報の編集方針と異なる場合があります。
【時論】大韓民国が起こすべき「3度目の漢江の奇跡(1)
この記事を読んで…