米テキサス州テイラー市に建設中のサムスン電子半導体工場 [写真 サムスン電子]
筆者は7月に韓米製造業同盟の核心である米フィラデルフィアにあるハンファフィリー造船所を直接視察する機会があった。米国に進出した韓国製造企業は現地採用人材の水準を高めるために多様な努力をしていた。造船だけでなく自動車、二次電池、半導体企業も最大の悩みは優秀人材の確保だった。現地人材の水準を高めるためには韓国人ホワイトカラーでなく実質的に教育し訓練させる熟練労働者の役割が必須という声が現場で多く聞かれた。熟練人材が必要なところは大企業の製造工場だけでない。産業生態系全般(前半)の水準を高めなければならないので大企業と協業する中小・中堅協力業者の生産施設にも韓国の熟練労働者がたくさん必要だ。
いまや韓国人熟練労働者の安定した派遣と定着問題は韓国政府が最も優先的に米国政府と額を突き合わせなければならない分野だ。この過程でもう少し積極的な移民政策を検討する時になった。熟練労働者が単純に数カ月または1~2年間に1人で派遣されるのではなく、学齢期の子どもを持つ家長を中心に少なくとも10年ほど勤められるようにしなければならない。場合によっては現地で定年を迎えられるよう米国の政策協調を求めることも必要だ。
トランプ米大統領も良質の韓国人労働力が必要だと公開的に期待した。単純に雇用とビザだけで彼らが無事に定着することはできない。子どもが米国の公教育を受け米国で生活できるようにしなければならない。少なくとも数千人の韓国人労働者と家族がこの機会に米国で合法的に滞在したり永住できる資格を与えなければならない。
米国に定着した彼らの子どもが10~20年後に米国の主流社会に進入すれば、韓国人の海外移民史に新たな1ページが開かれるだろう。韓国の移民史は貧しかった近現代史をそのまま反映している。19世紀後半に満州と沿海州を始まりに、20世紀に入り大韓帝国の移民政策により韓民族はハワイのサトウキビ農場の労働者として、メキシコのリュウゼツラン(エネケン)農場の労働者として渡っていき働いた。1960年代には鉱夫と看護士としてドイツに派遣され、ベトナム戦争期間中にはベトナムにも派兵された。1970~80年代には中東で建設労働者として働らき、農業移民は南米に定着した。移住国でできる最もつらい仕事を体ひとつで引き受け血の汗を流して開拓した歴史だ。
いまは変わった。韓国の地位が変わり、優秀な韓国人を望む主体も変わった。最強大国である米国が製造業復活に向け韓国人を望んでいる。最も厳しく危険な労働のためではなく、米国の「製造業の師匠」として韓国人を望んでいる。世界的なコリアンディアスポラ時代を本格的に開く機会がきた。
ユダヤ人は中東のイスラエルという小さな国に住む人だけとは認識されない。世界の最も重要な分野で活動しイスラエルを祖国と認識して生活する人をユダヤ人と考える。
コリアンも同じだ。韓半島(朝鮮半島)に居住する5200万人だけでなく、世界で韓国人という自負心と強い連帯感を持って暮らすすべての人がコリアンだ。これを全世界の人に刻みつける時だ。言葉だけの在外同胞尊重ではなく、国民の概念を海外に居住するすべての在外同胞に実質的に拡張する必要がある。700万人を超える在外同胞を実質的な国民として待遇し、韓国が彼らの祖国であり母国であることを自覚できるようにしなければならない。米国をはじめとする世界各地にコリアンコミュニティを構築し、彼らが韓国に寄与し祖国が彼らを支援する堅固なネットワークを作っていかなければならない。
キム・ドンファン/3PROTV理事会議長
◇外部執筆者のコラムは中央日報の編集方針と異なる場合があります。
この記事を読んで…