<創刊企画「大韓民国トリガー60」(51) >「物価から抑えるべき」 80年代に年10%の成長…中産層が拡大(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
2025.11.19 16:09
◆貿易黒字が海外旅行自由化の基盤に
政府は81年、公正取引法を制定して公取委を設置することで競争を促進し、物価の安定と消費者厚生の増進を図った。また商品市場と資本市場を開放・自由化するロードマップを発表して推進した。
経済安定と自由化政策が推進された期間に我々は驚くべき成果を上げた。70年代に20%前後だった消費者物価上昇率は5%水準に下がった。物価安定のためのいくつかの措置は消費と投資の萎縮を呼んで経済を鈍化させることも考えられた。しかし81~88年の韓国経済は年平均10.4%という大きな成長を遂げた。80年代前半に1人あたりの国内総生産(GDP)は世界平均を超え、中進国入りした。80年代半ばには初めて貿易黒字を記録した。数年間でまた赤字に転換したものの、2000年代に入って続いている貿易黒字はこの時代に基盤が築かれたとみられる。貿易黒字による外貨確保は海外旅行自由化を可能にし、国民の見識を高めるのに寄与した。
86年の経済意識調査によると、回答者の81%が「中産層」と答えた。当時、国民の大多数が経済を安定的、楽観的に眺めていたということだ。中産層の拡大による市民意識の成長は民主主義に対する要求につながり、結局、87年に権威主義政権を終わらせた。80年代の経済成果が民主化までもたらしたのだ。
物価・成長・国際収支の三兎をつかんで民主化まで。単に運良く3低時代を迎えて成し遂げた成果ではなかった。80年代後半の高成長は政策的な後押しの結果でもあった。85年に国際通貨基金(IMF)などで近く低金利・低油価時代が訪れるという報告書が出てきた。物価安定に自信を得た政府は緊縮の手綱をある程度緩めても問題はないとみて、世界景気の回復に備えて企業があらかじめ設備投資ができるよう銀行の融資規制を緩和するなどの政策を進めた。これがうまくいき、ドル安円高までが重なり、韓国経済は「史上最大好況」という時期を迎えた。
政策の成功の根幹には経済専門家を起用し、彼らが一貫して基調を築けるようにした政治的な後押しがあった。金在益(キム・ジェイク)経済首席秘書官は経済学博士であり、司空壱(サゴン・イル)経済首席秘書官と金満堤(キム・マンジェ)副首相兼経済企画院長官は韓国開発研究院(KDI)出身だ。彼らは安定と自由化という所信を持って取り組み、全斗煥大統領は全面的にこれを支えた。予算の凍結のように政界が反対する時には彼らを保護した。経済的自由主義者と政治的権威主義者が安定というスローガンの下に連合したのだ。
<創刊企画「大韓民国トリガー60」(51) >「物価から抑えるべき」 80年代に年10%の成長…中産層が拡大(1)
政府は81年、公正取引法を制定して公取委を設置することで競争を促進し、物価の安定と消費者厚生の増進を図った。また商品市場と資本市場を開放・自由化するロードマップを発表して推進した。
経済安定と自由化政策が推進された期間に我々は驚くべき成果を上げた。70年代に20%前後だった消費者物価上昇率は5%水準に下がった。物価安定のためのいくつかの措置は消費と投資の萎縮を呼んで経済を鈍化させることも考えられた。しかし81~88年の韓国経済は年平均10.4%という大きな成長を遂げた。80年代前半に1人あたりの国内総生産(GDP)は世界平均を超え、中進国入りした。80年代半ばには初めて貿易黒字を記録した。数年間でまた赤字に転換したものの、2000年代に入って続いている貿易黒字はこの時代に基盤が築かれたとみられる。貿易黒字による外貨確保は海外旅行自由化を可能にし、国民の見識を高めるのに寄与した。
86年の経済意識調査によると、回答者の81%が「中産層」と答えた。当時、国民の大多数が経済を安定的、楽観的に眺めていたということだ。中産層の拡大による市民意識の成長は民主主義に対する要求につながり、結局、87年に権威主義政権を終わらせた。80年代の経済成果が民主化までもたらしたのだ。
物価・成長・国際収支の三兎をつかんで民主化まで。単に運良く3低時代を迎えて成し遂げた成果ではなかった。80年代後半の高成長は政策的な後押しの結果でもあった。85年に国際通貨基金(IMF)などで近く低金利・低油価時代が訪れるという報告書が出てきた。物価安定に自信を得た政府は緊縮の手綱をある程度緩めても問題はないとみて、世界景気の回復に備えて企業があらかじめ設備投資ができるよう銀行の融資規制を緩和するなどの政策を進めた。これがうまくいき、ドル安円高までが重なり、韓国経済は「史上最大好況」という時期を迎えた。
政策の成功の根幹には経済専門家を起用し、彼らが一貫して基調を築けるようにした政治的な後押しがあった。金在益(キム・ジェイク)経済首席秘書官は経済学博士であり、司空壱(サゴン・イル)経済首席秘書官と金満堤(キム・マンジェ)副首相兼経済企画院長官は韓国開発研究院(KDI)出身だ。彼らは安定と自由化という所信を持って取り組み、全斗煥大統領は全面的にこれを支えた。予算の凍結のように政界が反対する時には彼らを保護した。経済的自由主義者と政治的権威主義者が安定というスローガンの下に連合したのだ。
<創刊企画「大韓民国トリガー60」(51) >「物価から抑えるべき」 80年代に年10%の成長…中産層が拡大(1)
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