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【寄稿】残念な釜山映画祭議論(1)

ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版
私が釜山(プサン)を初めて訪れたのは昨年10月、釜山国際映画祭ニューカレント部門の審査委員として参加しながらだ。当時は『ヴィレッジ・ボイス』誌の首席映画評論家として仕事をしており、今はタイム誌で映画評判論を書いている。釜山国際映画祭についてはよく知っていたが、初めての訪問まではかなり長い時間がかかったことになる。釜山は生まれて初めて訪れたアジアの都市であり、初めて参加したアジア映画祭の開かれた場所だ。私はすぐに釜山という都市に魅了されてしまった。釜山が持つ美しさと釜山の人々の親切さ、釜山国際映画祭に身を置いている人たちの感動的な歓待と効率的な運営方式に深い感銘を受けた。釜山が世界的な名声を持つ主な映画祭に成長したことが偶然ではないということを悟ることになった。献身と情熱で映画祭を準備して効率的な運営で観客たちと映画が出会うようにし、温みと親切心で観客や招待客たちをもてなし、そして何よりビジョンを提示する映画祭がまさに釜山国際映画祭だ。このような努力と献身を映画祭の初期から積み重ねてきたし、成長の主な動力だと確信している。そうした点で最近のイ・ヨングァン執行委員長の去就とともに釜山国際映画祭を置いて広がる一連の事態を残念に思う気持ちで見守っている。

米国で活動する評論家である筆者は、地球の反対側で開かれる映画祭を見て回って楽しい経験をしてきた。映画祭というものは特定国家の映画文化を理解する近道だ。その国の観客がどのようにして映画を観るのか、どんな映画を好むのかなど個人と集団の特性がよくあらわれる空間だ。結局、映画は一種の「1つになる経験」を観客にプレゼントするのだと信じている。特定の映画を共に観ながら、観客は個別に存在するのではなくお互いがつながっているという点を認識することになる。このような信頼は釜山国際映画祭を通じて一層強くなった。(中央SUNSDAY第466号)

【寄稿】残念な釜山映画祭議論(2)

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