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【コラム】安倍の謝罪? 望みもしない

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
6日に放送されたJTBCの芸能番組「非首脳会談」に日本代表として出演したナカモト・ユウタ(20)は、歴史問題をどう思うかという質問に対し、「謝罪を受ける人が納得するまで(謝罪)するべきだと思う」と答えた。ユウタのこの言葉、どこかでよく聞いた。そうだ。韓国でも人気がある日本の小説家、村上春樹(66)が4月に似た発言をした。春樹は共同通信のインタビューで、「相手国が『もういい』というまで謝るしかない」と述べた。

ユウタの言葉に中国代表が「私たちはおそらく友人になれそうだ」と歓迎したように、春樹の発言に多くの韓国人は「さすが春樹」と言ってうなずいた。

しかし私は春樹に同意することはできない。春樹の言葉は「日本は謝罪をした。それも何度かした」という事実を前提とする。謝罪はしたが、韓国が受け入れないため、ずっと謝らなければいけないと主張しているのだ。


本当にそうだろうか。日本が謝罪したことがあっただろうか。謝罪であれ、「痛惜の念」であれ、日本はそういうものをしたことがない。7月に謝罪し、8月に靖国神社に参拝するのが日本だ。政権が交代すれば手のひらを返すのが日本だ。その中でもきちんと反省したと評価される河野談話、村山談話もなかったことにするのが日本だ。こういうものは謝罪とはいわない。我々が怒りを感じているのは、謝罪のレベルではなく謝罪を受けたことがないからだ。したがって「納得するまで謝らなければいけない」という言葉はその前提が成立しないため誤った表現だ。

日本が謝ったことがないため「謝罪するべきだ」という我々の要求は正当だ。安倍晋三首相が8月に発表する終戦70年談話に「植民地支配」と「お詫び」という言葉が入るかに我々の関心が傾くのも当然だ。しかしこうした言葉が談話に含まれたところで、それは誠意なのだろうか。日本の産業施設をユネスコ世界文化遺産に登録することで、安倍談話はすでにその真意を表した。韓国政府との交渉で「意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で労働を強いられた」という表現を入れた翌日、日本政府は強制労働を認めたものではないと言葉を覆した。安倍談話に我々が何を期待できるのか。

いっそのこと謝罪しろと要求するのもやめよう。好きにしろと言おう。その代わり我々は我々がするべきことをしよう。日本政府の謝罪を待ちくたびれた慰安婦被害者が米国連邦裁判所に集団訴訟を起こすことにしたように、可能な法的救済手段をすべて動員しよう。慰安婦、強制徴用、731部隊の人体実験など日帝の蛮行を世界に告発する作業も、今より活発に取り組まなければいけない。うんざりするし、長い時間がかかるだろう。しかし方法はない。日本が謝罪しないためだ。日本は我々に36年の苦痛と70年の屈辱を与えた。こうした屈辱を断つには我々が強くなるしかない。亡くなっていく慰安婦被害者が「私を忘れないでほしい」と涙を流しているために。

キム・ジュンヒョン経済部門記者



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