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【中央時評】「割れた窓」をこれ以上放置してはいけない=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
この前、米国ワシントンDCのある会議で出会った米国人教授が興味深いジョークを話してくれた。「韓国の人々は外国に行かなくても、さまざまな国で生きたような気がする」ということだった。韓国社会の深刻な変化を遠回しに言った話だった。

彼のジョークのとおり、実際に年配の方々の中にはさまざまな国で生きたような感じを消しがたい人も少なくないだろう。まず若いころを見てみよう。植民統治に苦しめられた後、解放と共に迎えたのは同族間の争いの国だった。中年になってからは勤勉・誠実を要求する開発権威主義の国に住まなければならなかったが、その後に迎えたのは開発時代には贅沢に感じられた福祉・レジャーの国だった。そして老年の今日、今生きている所が本当に大韓民国なのかと思う感じがするほどの多文化社会に生きている。

ところで私たちは今、セウォル号事件によってまた別の国での人生を準備している。米国教授の指摘どおり、セウォル号事件が韓国社会に重大な分岐点を提供しているためだ。それは決して1つの船舶会社や海洋警察だけの問題ではない。今まで韓国の政治社会を支えてきた従来の秩序がこれ以上作動できないということを物語る事件だ。


だがこれまでの秩序は崩れているが、新しい秩序はまだ見通せる圏内には入っていない。セウォル号特別法処理をめぐる政治の現実を見よ。米国ハーバード大学の政治学教授だったジェームズ・ウィルソン氏の「割れた窓(broken windows)」理論を思い出させている。ウィルソン氏が話した。「ビルの割れた窓をすぐに修理せずに放っておけば、残りの窓もまもなく割れることになる」と。「修理しないで割れた窓はどこの誰も気を遣っていないという信号」だというものだ。今、窓が割れる音が韓国社会の所々から聞こえている。だが、これを修理しなければならない政府と政界は対応できない様子だ。

しばしば政治は結果がものを言うという。いくらビジョンや目標が立派でも、結果が悪ければ意味がないということだ。反対に人事や政策があまり良くなくても結果さえ良ければ政府に対する支持率は上がるはずだということだ。

決して間違った話ではない。しかしこれは開発権威主義時代にも通じた論理だ。単純に国家機関の能力向上という機能的なアプローチだけで新しい秩序が誕生することを期待することは難しい。今までとは根本的に違う原理の社会に交換しなくてはいけないためだ。それで国家改造作業は新しい価値と組織、そして理想的な人間像を作り出すのに焦点を合わせなくてはいけない。



【中央時評】「割れた窓」をこれ以上放置してはいけない=韓国(2)

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