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平昌以後、文大統領が「核メダル」を取る番だ(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

平昌以後、文大統領が「核メダル」を取る番だ

アドルフ・ヒトラーが他の貴賓より一つ高い特別席(box seat)から立ち上がって開会を宣言した。平和を象徴する2万5000羽のハトが飛び立ち、オリンピック(五輪)スタジアムの上空を旋回した。祝砲が放たれた。驚いたハトは一斉に分泌物を出した。ハトの分泌物は紳士の帽子と淑女の頭の上に落ちた。1936年8月1日、第11回ベルリン夏季五輪は「平和」の名を付けてこのように開幕した。初の聖火リレー、初のテレビ中継という記録を作った記念すべき五輪だった。韓国人には孫基禎(ソン・キジョン)のマラソン制覇、南昇竜(ナム・スンリョン)の銅メダルで記憶されている五輪だ。

ヒトラーは「五輪がすべての国を平和の精神で一つにまとめる」と叫んだ。3年前にワイマール共和国を崩壊させて権力を握ったナチ党首ヒトラーの、鳩で形象化された平和のオリーブの枝が偽装されたものだったことはその後の歴史が証明している。ヒトラーは平和行事に偽装された五輪を、ドイツ民族の優秀性を誇示する舞台にすることを望んだ。ヒトラーはユダヤ人・ジプシー・黒人選手の五輪参加を禁止して制限した。

五輪の前後にヒトラーは第2次世界大戦を終結するベルサイユ体制を一つずつ崩していった。五輪が開催される5カ月前には、ベルサイユ条約でドイツ軍の進入が禁止された非武装地帯ラインラントを占領した。五輪を開催した2年後には第1次世界大戦に対する欧州国家のトラウマを刺激し、住民の多数がドイツ系であるチェコスロバキアのスデーテン州をドイツ領土に編入した。英首相ネヴィル・チェンバレン、伊首相ベニート・ムッソリーニ、仏首相エドゥアール・ダラディエが署名した悪名高いミュンヘン協定の形式を借りてだ。


◆「無条件の平和主義」は危険

チェンバレンはミュンヘン協定に署名した後、帰国の第一声で「名誉な平和を持ち帰った。これが我々の時代の平和だと信じる」と述べ、後に世界の嘲弄対象となった。ヒトラーは飛行機を製作し、戦艦と潜水艦を建造し、第3帝国の国防力を強化していった。1938年にはオーストリアを合併した。1939年9月にポーランド、1940年にフランスを侵攻し、第2次世界大戦の戦端を開いた。英国ではチェンバレン内閣が退いてウィンストン・チャーチルの戦時内閣が構成された。チェンバレンに象徴される融和政策は、盲目的主戦論(jingoism)に劣らず力が伴わない無条件の平和主義がどれほど危険かという歴史的教訓を残した。

ヒトラーのベルリン五輪から82年の時差と8240キロの距離を置いて、平和を目指す平昌(ピョンチャン)冬季五輪が開催された。1936年のベルリン五輪以降、このように政治色が濃厚な五輪は初めてだ。2つの五輪は戦争と平和の岐路で開かれたという共通点がある。北朝鮮の存在感は主催国の韓国のそれを超えた。北朝鮮が送った選手は12人という小規模だった。しかし北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長は500人近い管弦楽団と応援団を派遣し、韓国の「ショー」を北朝鮮のものにすることに成功した。マイク・ペンス米副大統領の表現を借りれば、北朝鮮による平昌五輪ハイジャックだ。

金正恩委員長が開会・閉会式に妹・金与正(キム・ヨジョン)労働党副部長と金英哲(キム・ヨンチョル)党中央委副委員長兼統一戦線部長を送ったのは、五輪以降を視野に入れた戦略的な判断からだ。金与正氏は金正恩委員長による文在寅(ムン・ジェイン)大統領訪朝招請を伝えた。対南政策の総責任者である金英哲部長は文大統領、徐薫(ソ・フン)国家情報院長、趙明均(チョ・ミョンギュン)統一部長官に会い、首脳会談を含む南北対話と朝米対話の条件と手続きについてを議論したはずだ。金英哲部長が訪韓中に何度か北朝鮮が米国と対話をする「十分な用意がある」と述べ、平昌以後の南北米対話への期待を高めた。

◆米国は対北朝鮮制裁一辺倒

問題はトランプ政権の強硬な立場だ。開会式に出席したペンス副大統領は始終、北朝鮮の金与正氏の一行を透明人間のように扱い、北朝鮮を刺激する動きで一貫した。特に金与正氏との青瓦台(チョンワデ、大統領府)会談が2時間前に北朝鮮側のキャンセルで不発に終わったのは残念な機会の喪失だ。北朝鮮はペンス副大統領の言動を眺めながら、会ってもペンス副大統領の口から出る言葉は明白だと判断し、会談を突然撤回したとみられる。ペンス副大統領は五輪開幕前夜の夕食会場でも、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長や金与正氏と同じ席に座ることを拒否して退場した。それは大国の政治家にふさわしい行動でないうえ、ホストの韓国の大統領に対する欠礼でもある。

トランプ大統領が閉会式に、ペンス副大統領の鉄拳イメージとは対照的な娘イバンカ大統領補佐官を送り、北朝鮮の金英哲部長一行との接触があるかもしれないという期待を生んだ。しかしイバンカ氏は穏やかな笑顔で、韓米同盟の重要性と対北朝鮮超強力制裁の必要性だけを強調した。文大統領との会談では南・北・米接触と会談に関する距離は狭まらなかった。トランプ大統領はイバンカ氏の訪韓中に対北朝鮮海上遮断という「歴代最強」の独自制裁まで発表した。それは平昌以後に文大統領が解決しなければいけない非常に難しい挑戦課題だ。

金正恩委員長がいかなる意図を持って平昌五輪を民族の行事とし、最高位代表団と華麗な管弦楽団・応援団を送ったかについては陣営別に意見が分かれる。韓国と米国の保守陣営は、金正恩委員長が平昌で平和メッセージを発信し、対北朝鮮制裁の緩和を誘導し、韓米同盟を分離させようというものだと解釈する。米戦略国際問題研究所(CSIS)副所長のマイケル・グリーン博士も金正恩委員長の意図は国際制裁の緩和と韓米離間(drive a wedge)という論評を筆者に送ってきた。



平昌以後、文大統領が「核メダル」を取る番だ(2)


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